平凡な日常に光を。

以前のタイトルは「はちのす日記」。

【日記】人生を狭めてしまったのか??

地元紙を定期購読しなくなって久しく、従って現在こんな記事があるのかも知らないが、かつて私の父方の従兄弟が国家公務員一種試験に合格した時は、新聞に名前が掲載などということがあった。

もう30年近く前の話である。

無論、取材なんかではなく単に名前だけ、なのだが、新聞でその従兄弟の名前を見つけた時は実家の母と驚くとともに、「よかったね~」と素直に思ったものだった。

 

私は彼だけでなく父方の従兄弟たちとはほぼ付き合いがないが、私と同年齢の、父の兄の子のこの従兄弟とはお互いが高校生くらいまでは付き合いがあり、先年彼の父が亡くなった時も葬式には出た。

もっとも、こちらから進んで付き合う相手でもないことは熟知しているし、うちの妹は彼の妹を「世間知らず」と言って毛嫌いしている。

 

さて、この従兄弟はどんな進路を辿ったのか。

結論から言うと、いわゆるキャリア組入りすることはなかった。

それでも、東京都内の国立大学を卒業後、東証一部上場の誰でも知っている大きな会社に入ったのだが、母も私も、キャリア組入りを蹴ってなぜこの会社に入ったのかは長らく理由を尋ねる機会に恵まれなかった。

私も結婚し、従兄弟という立場に変わりはないけれどかなり遠く離れてしまった関係になった。

そしてそのことをすっかり忘れていたのだが、母は長年疑問に思っていたことを父の葬儀のタイミングで会った兄嫁に尋ねてしまったらしく、昨年、相続手続の際に私に理由を教えてくれたのだった。

 

父の兄は某省の中間管理職であった。

最終学歴は高卒。

小さな地方事務所を任されるくらいの地位も力もあった。

しかし、従兄弟が試験合格した時はもう精神状態がよろしくなく、休職中で地方の病院に入っている状態であった。

精神状態がよろしくなくなった理由はいわゆるハラスメントであろう。

他方からのやっかみ、僻み。

兄弟だから性格も似るとすれば、世渡りは余り巧くないだろうとは推察できる。

加えて酒癖も悪くて、私の父同様、家族には当たり散らしていた模様。

伯父の行動をを恨みに思ってなのかは不明だが、兄嫁も、子どもすら病気の伯父には見舞いに一切行かず、見舞いに行くのは父など、兄弟姉妹ばかりであったという。

そしてどうやら「そんな父親がいることが知れては仕事がしにくかろう」と余計な助言をした者が伯母の身内にいるようだ。

それで従兄弟はキャリア入りを諦めたという話。

 

この話は半分は本当で半分は伯母のわがままで就職を諦めさせたと考える。

しかし、父親が、母親がどうこうという話は世間のそこここに落ちている。

例えキャリア組になれなくてもそんな話はいつかどっからか漏れ聞こえて来て、彼の仕事人生を脅かしたに違いない。

彼は人生の可能性を身内に狭まられてしまったのだろうか。

その選択に満足して生きているのであろうか。

多分確かめるすべはない。